「士郎、いつもすまないな」
「何、良いって事」
この日、仕事を終えた志貴は何時もの様に士郎を伴い『七星館』に帰宅し、当然の様に士郎は台所に直行して自分と志貴、そして『七夫人』更にはレン、朱鷺恵の分の夕食を作り、全員士郎の料理に舌鼓を打っていた。
「何時もの事ですけど本当に衛宮様、お料理が達者なんですね」
「うん、すごいね士郎君」
『七夫人』で食事を常時担当している琥珀とさつきが絶賛する。
それだけ士郎の作る料理は種類豊富でしかもその全てが絶品だったのだからその絶賛は当然といえる。
「そうでもありませんよ。俺から見れば琥珀さんもさつきさんもお上手ですよ」
士郎もそう言って返す。
その口調には嫌味は欠片もなく、本心からの言葉なのは明白だった。
「ですけど、男性である衛宮さんがあそこまで出来るのですからそれはすごいと思います」
「そうですね。悔しい話しですが『七夫人』で料理が達者なのは琥珀とさつきだけです。他の者では士郎の足元所か琥珀やさつきの影すら踏めていません」
秋葉とシオンが士郎の言葉に返す。
「あれ?そう言えば琥珀さんとさつきさんしか見てませんけど・・・他の方は料理しないんですか?」
不意に感じた疑問を率直に士郎は尋ねる。
「うん、私はしてないわよ。私が作るよりは琥珀やさっちんの方が上手だもん」
「そうね、私もアルクちゃんも元々食事なんてしなくても良かったから料理なんてした事ないわ」
「私も・・・浅上の頃調理実習の時に作って以来は・・・」
「私もデータ上なら容易く作れるのですが、実際に出来るかと問われると・・・」
「私はそもそも台所に立たせてさえ貰えません」
「・・・(ふるふる)」
「私も少し出来る程度かな?琥珀ちゃんやさつきちゃんが上手だからついついそれに甘えちゃって」
その答えはことごとく否定的なものだった。
「そうなんですか?・・・それなら俺が教えましょうか?」
その士郎の言葉に志貴が少し眉を潜める。
「良いのか士郎?ありがたいけど、ただでさえお前におんぶで抱っこ状態で更に負担が増えるってのに」
「気にすんなって。無論不定期ですし、俺自身我流ですけどそれでも良ければですが」
最初の方は志貴に後の方は『七夫人』達に向ける。
その回答は無論全員了承だった。
更に琥珀とさつきも志願してきた。
異口同音に『更に腕を磨きたい』との理由で。
ただ、翡翠に関して志貴や琥珀が何か言いたげだったが翡翠の真剣な表情に何も言う事が出来なかった。
「じゃあ・・・今度の日曜は空いてるか?」
「ああ、特に仕事も入ってきていないし」
「じゃあその時にでも琥珀さんとさつきさん以外の腕前を見たいけど構わないかな?」
士郎の質問に全員頷いた。
そして当日・・・『七星館』、台所に志貴、士郎、そしてエプロンを付けた『七夫人』、朱鷺恵、レンが集まった。
この様な山奥だが、何故か電気・ガスは完備(それも全家庭において)されているし、水道も里近くの泉から水路として各家に繋いでいるので心配ない。
「全員揃いましたね。じゃあ、始めます」
『よろしくお願いします』
全員士郎に一礼する。
「で、士郎、今日はどうするんだ?」
「ああ、先日も言ったけどまずは、琥珀さんとさつきさん以外の皆さんの腕前を見させてもらいます」
「は〜い!士郎に質問!」
「何ですか?アルクェイドさん」
「何を作るの?」
「今日は卵焼きを作ってもらいます。それを志貴と俺とで試食して大体の料理の腕前をチェックして個人個人に見合ったランクで教えていこうと思います」
士郎の言葉に全員真剣な表情で頷く。
「取り敢えずまずは俺が手本を見せますから見ていてください」
そう言って、士郎が調理を始めると周囲に全員が集合する。
片手で手際よく卵を割り菜箸でかき混ぜる。
そして調味料として砂糖と醤油を適量入れる。
十分にかき混ぜた所で熱したフライパンに適量の油をたらし、全体に行き届かせた所に、卵を半分入れる。
「あれ?士郎君全部入れないの?」
アルトルージュの質問に
「ええ、残りは後半で使います」
そう言って菜箸でかき混ぜ適度な半熟状態にしてからフライ返しを巧みに使い形を整える。
「すごい・・・」
「本当ですわ・・・」
シオンと秋葉が賞賛の声を上げる。
そして、出来上がった卵焼きを端に寄せてから再度油をたらし、残りを投入する。
そちらと最初に出来上がった卵焼きと繋げて更にひっくり返していく。
そしていい塩梅と見るとそれをまずキッチンペーパーの上に乗せ程よい大きさに切り揃え最後に皿に乗せる。
「これで完成です」
士郎の言葉と同時に全員から拍手が巻き起こる。
「いや・・・どうも・・・じゃあ・・・参考として全員試食して下さい」
その言葉と同時に一斉に料理に群がる九人。
「はぁ〜」
「やっぱりお上手ですわ。衛宮さん」
異口同音に賞賛の声を発する。
試食が一段落したと見るや士郎が号令を下す。
「まずはアルクェイドさんから始めて下さい」
いくら『七星館』の台所が広いといってもそれは一般家庭九人が一度に作れるほど広くはないしそれだけの設備も無い。
その為一人づつ作る事になった。
順番はくじでアルクェイド、アルトルージュ、シオン、秋葉、レン、朱鷺恵、最後に翡翠となった。
「は〜い!!志貴!待っててね!私が愛情いっぱいの料理作るから!」
満面の笑みを浮かべて真祖の姫君が料理に取り掛かり始めた。
「出来たわよ〜」
五分後、お皿に乗せた卵焼きを載せて志貴の座るテーブルに持ってきた。
「じゃあ次はアルトルージュさん始めていて下さい」
「分かったわ!志貴君!アルクちゃんのが霞んじゃう位美味しいのを作るからね!」
姉の言葉に反応した妹が笑顔を若干怖いものに変えて差し出す。
「はい!志貴!一杯食べてね!」
「ああ・・・判ったからその笑顔は止めろ」
「そうそう・・・食欲なくしますから」
肉食獣が獲物を見つけたような笑みを浮かべるアルクェイドに志貴も士郎も背筋に寒気が走る。
「さて・・・まず形は・・・うん、見た目は良し」
士郎が頷く。
「ああ、でも味は・・・」
そう言ってまず志貴が一口大に箸で切り分けてから口に入れる。
「・・・・・・んっ・・・お世辞抜きで美味い」
その言葉に満面の笑みを更に輝かせる。
「本当!」
「ああ、言っただろう。お世辞抜きでって」
「やったぁ!!」
アルクェイドが万歳し他の『六夫人』が羨ましそうに『白の夫人』を見る。
「確かに、アルクェイドさんお上手ですよ」
更に士郎も試食して士郎も頷く。
「本当?えへへ、士郎にもお墨付き貰っちゃった」
「これなら基本をまず簡単に教えた後は色々教えても大丈夫かな?」
そう言って士郎は評価表に記す。
「志貴君!出来たわよ!」
とそこに、アルトルージュが飛び込み、そこにシオンが準備に取り掛かる。
「はいどうぞ」
「へえ・・・アルトルージュも外観は申し分無い・・・さてじゃあ・・・」
そう言って一口食べる。
それから咀嚼すると暫くして志貴の表情に変化が現れる。
「あれ?し、志貴君・・・」
表情をやや顰めて首を捻る。
「美味い事は美味いんだけど・・・」
「だけどってどうして!!」
詰め寄るアルトルージュ。
「姉さん失敗したんじゃないの?」
気が楽になっているアルクェイドが姉を茶化す。
「そんな筈ないもの!!志貴君・・・」
涙目で夫に視線を向ける。
「いや・・・美味い不味いの問題じゃないからアルトルージュ泣くな」
流石にまずいと思ったのか志貴がフォローを入れる。
「どうしたんだ?志貴」
「ああ、簡単に言えば少し甘過ぎる」
「甘いのか?どれどれ・・・」
士郎も試食する。
「・・・ああ・・・確かにアルトルージュさん砂糖大目に入れたでしょう」
「え?ええ・・・」
「まあ甘いのが好きなら文句は無いでしょうけど」
「ちょっと俺には甘過ぎるかな?アルクェイドの味付けが俺には丁度良い」
「そうなんだ・・・」
「だけどこれはこれで美味い事には変わりは無いから」
「そうだな。これはもう試食者の味の好みの問題になってくるよな。アルトルージュさんもアルクェイドさんと同等と言う事で良いな」
しょぼくれるアルトルージュに二人はフォローを入れる事を忘れない。
そこに
「志貴出来ました」
シオンが飛び込んできた。
背後では秋葉が既に調理を開始している。
「じゃあ・・・シオンは・・・」
そう言いシオンの卵焼きを一口運ぶ。
「・・・」
そして咀嚼していると
「?????」
志貴が表情を変えた。
だがそれは美味い不味いと言うよりもどう説明して良いかわからないといったものだった。
「??志貴どうした?」
「いや・・・取り敢えずお前も試食してみろ」
「ああ」
そう言って口に入れる。
「・・・??」
首を傾げていた士郎だったが、残っているアルクェイドとアルトルージュのそれを食べ比べてからようやく合点が行ったとばかりに手を叩く。
「ああ〜そうか、シオンさん、この卵焼き調味料何も入れてないでしょう?」
「え、はいそうです。やはりここは素材の味を生かすのが料理の最善の道と思いまして」
士郎の質問に得意の論弁で返すシオンだったが次の士郎の言葉に凍り付いた。
「じゃあどっちが塩でどっちが砂糖か無論わかりますね?」
かちんこちんに固まるシオン。
「い、いえ・・・それは・・・」
「士郎もしかしてシオン・・・」
「多分、どれが何の調味料かわからないんだと思う」
「・・・」
さしもの志貴も絶句する。
「マジで?」
さしもの分割思考も料理にはてんで向かないようだった。
「シオンさんは基礎から始めないと駄目だな・・・」
士郎も心を鬼にして非情の評価を下す。
そこに今度は
「兄さん出来ました」
秋葉が飛び込む。
「続いては秋葉か・・・」
「しかし・・・皆形は良いよな」
「兄さん、私は味も万全です」
「ああ、じゃあ・・・」
そう言って一口口にする。
と同時に志貴は眼を見開き
「!!!!!!!!」
声ならぬ絶叫を上げて表に飛び出した。
「し、志貴?」
「兄さん??」
やがて直ぐに戻ってきた志貴は蛇口から直接水を貪るように飲み下す。
「ど、どうした?」
やっと落ち着いた志貴に士郎が尋ねる。
「どうしたもくそもねえ・・・」
かなり荒れた口調で吐き捨てる。
首をかしげて、士郎は志貴が食べた分の更に半分で口に入れる。
と、同時に飲み込む事無く表に行きその卵焼きを吐き出した。
そして、強引に笑顔を作ると
「秋葉さん、一体どれ位塩を叩き込みましたか?」
笑顔だが青筋が浮かんでいる。
「えっ?塩?」
「ええそうです」
「ああ、そうだ」
秋葉の質問に阿吽の呼吸で頷く。
「えっと私は砂糖だと思ったのですが・・・」
そう言って調味料の入った容器を差し出す。
それは見事に空になっていた。
「・・・シオンと同レベルか・・・入れたか入れていないかの違いだけで」
「全部叩き込んだのか・・・塩辛い筈だな」
と言うかよくも全て溶けたものである。
だが、これがもし砂糖であったらそれはそれで恐ろしい事になっていただろう。
「士郎・・・秋葉も」
「ああ無論初心者コース、基礎から叩き込まないと」
怖い顔で頷き合っていると志貴のすそを誰かが引っ張る。
「??」
視線を向けるとそこにはレンがいた。
「ああ、レンもできたのか?」
志貴の問いかけにこくりと頷く。
「じゃあ見せて・・・あららら・・・」
「これは・・・」
志貴と士郎は苦笑する。
レンも一生懸命作ったのだろうが、所々焦げているし形はぐちゃぐちゃ、卵焼きと言うよりは炒り卵かスクランブルエッグに近かった。
「まあそれでもな」
「ああ、猫である事を考慮すると良くやった方だよな」
そう言って一口ほおばる。
形がああなので味もそれほど期待していなかったが、志貴の表情が変わる。
「??志貴どうした?」
「・・・世の中わからんな」
「??何が?」
「どう言う訳か味は美味いぞレン」
志貴の一言に
「「えええーーーーーーー!!」」
敗北者二人が抗議の声を上げる。
一方言われたレンは嬉しそうに微笑む。
「本当か?どれどれ」
士郎も一口食べる。
「・・・ああ確かに味付けも丁度良い。それだけに形がおしいな」
「それはそれで良いじゃないか。スクランブルエッグだと思えば」
「それもそうだな」
納得する士郎。
「でもレン良く味付けとかわかったな」
頭を撫でながら志貴が発した質問にレンは心底嬉しそうに目を細めて、
「・・・元マスターの見よう見まね」
明快な答えが返ってきた。
「なるほどな・・・で士郎レンは?」
「まあアルクェイドさん達よりは下からかな?」
「そこが妥当だな」
士郎の言葉に頷く志貴。
その一方では猫に負けた二名が部屋の片隅で、のの字を書いていじけていた。
心なしか暗いオーラを纏っている。
「じゃあ志貴君次は私ね」
そう言って続いて現れたのは朱鷺恵。
がそこに琥珀が割り込んでくる。
「あの衛宮様」
「はい?どうしました?」
「最後の翡翠ちゃんなんですけど・・・私が少し口を出しても構いませんか?」
「へ?琥珀さんが?」
「はい、お願いします」
「士郎、翡翠についてはそれ認めてやってくれないか?」
「まあ・・・でも翡翠さんは・・・」
「翡翠ちゃんも了解しています」
「そうですか・・・琥珀さんが口だけで手を一切出さないなら」
志貴と琥珀の切羽詰った嘆願に士郎も首を縦に振る。
相当翡翠の腕前はひどいのだろうと推察して。
それを聞くや琥珀が付きっ切りになって翡翠に指示を飛ばす。
それをあえて見ないふりをしながら士郎は先に進める。
「じゃあ改めて朱鷺恵さんお待たせしました」
「どうぞ志貴君」
「はい」
ぱくりと口に運ぶ。
「・・・へえ美味いじゃないですか姉さん」
「そう。久しぶりだったから不安だったんだけど良かった」
「俺も・・・うん、お上手ですね。これならアルクェイドさんと同じ位でいいかな?」
そう頷いている傍らではパニックが発生していた。
「きゃーーーー!!翡翠ちゃん駄目!それ入れちゃ駄目!!!」
「だ、駄目なの?姉さん?」
「それ唐辛子!!唐辛子!」
「じゃ、じゃあ・・・これを」
「それも駄目!それは小麦粉!!」
「え?ええええ???」
「ひぃーーーー!!翡翠ちゃんそれはもっと駄目!!それ洗剤!!食材でもなんでもないから!!!!」
悪戦苦闘して翡翠に琥珀が悲鳴混じりの声で指示を出している。
「・・・」
想像を遥かに超える事態を目の当たりにして絶句している士郎を他所に
「事態は深刻だな・・・食えるもの出てくるかな?」
しみじみと呟く志貴がいた。
そんなこんなで二十分後・・・
「で、出来ました・・・」
「志貴ちゃん・・・食べてくれるよね?」
くたくたとなった琥珀と意気消沈した翡翠が差し出す。
「・・・へえ・・・頑張ったな翡翠」
それは先程まで唐辛子から小麦粉、果ては洗剤まで入れようとした人間が作ったとは思えないほど綺麗で形の整った卵焼きだった。
「食べて志貴ちゃん、初めてちゃんと出来たお料理だから」
志貴に褒められたのがよほど嬉しいのか一転して満面の笑みでそれを差し出す。
「ああじゃあ翡翠が料理できたのを祝して」
そう言って一口ほお張る。
「・・・」
咀嚼を始める志貴を緊張した面持ちで眺める翡翠。
「うん、味付けも俺好みだし、普通に美味いよ翡翠」
その言葉に花が開いた様な満面の笑みを浮かべる。
心なしか涙ぐんですらいる。
「良かったね翡翠ちゃん」
琥珀も我が事の様に祝福している。
「うん・・・」
さて・・・ここで終わればこの話は大変美しく終わっただろうが・・・そうは問屋が卸さなかった。
志貴が飲み込もうとした時悲劇は始まった。
「?」
不意に志貴の動きが止まる。
「・・・・!!!」
次にはその表情は蒼くなり、土気色となり、志貴は本能のままに
―極鞘・白虎−
神具、『双剣・白虎』を手にし
―疾空―
その姿を消し数秒後帰還してきた。
だが、その表情は蒼ざめガタガタ震えている。
「し、志貴?」
盟友の変貌にやや引きながらも士郎が声を掛ける。
「ど、どうした?」
「・・・士郎・・・ちょっとその卵焼き解析してくれないか?」
「へっ?」
試食でなく解析と言い放った志貴に固まる士郎。
「口の中で咀嚼している間は大丈夫だったんだ・・・それが飲み込もうとした瞬間に・・・息苦しくなって」
その言葉に士郎はまさかと内心思った。
だが、志貴の表情は演技とは到底思えないし、愛妻家の志貴が妻の一人、それも『双正妻』である翡翠を傷付ける事を言うなど考えられない。
そこで士郎は志貴に言われるままに解析を始めた。
「同調・開始(トーレス・オン)」
解析して
「志貴、特に異常ないぞ」
「そ、そうか・・・翡翠の料理と言う事で体が少し過剰反応しちまったのか?」
蒼ざめた表情で虚ろな笑いすら浮かべて、呟く志貴。
「・・・取り敢えず俺も試食してみる。そうすりゃ真相が判るだろう」
そう言って士郎は卵焼きを一切れ口に運ぶ。
「・・・うん、味付けも問題なし。中の半熟具合も申し分ない。なんだ、特に問題は・・・」
そう言い飲み込もうとした瞬間全身の毛穴が開いたかのような錯覚を覚え、
(異常発見、異常発見!体内に取り込むな!!危険危険!!!)
全身の細胞から警報が発せられた。
「!!!」
士郎は足を強化し志貴と同じく台所を飛び出し庭でそれを吐き出した。
「な、なんでさ」
落ち着くと今度は疑問がわき上がった。
何故?どうして?そんな疑問が脳裏を駆け巡る。
解析までしたのだ。
間違いなくあれは普通の卵焼きだった。
材料も調味料も何の問題ない。
全て市販されている一般的な卵や調味料だ。
どう考えても辻褄が合わない。
なぜ、普通の卵焼きが・・・
ふと自分が吐き出した卵焼きをもう一度解析する。
やはり異常は何も無い。
と、そこに偶然通りかかった小鳥が吐き出したそれをついばむ。
その途端、前触れも何も無く倒れ痙攣した後・・・事切れた。
「なんでさ・・・」
得体の知れない恐怖に襲われつつも士郎はみんなの下に戻る。
「衛宮様・・・」
「大丈夫ですか?衛宮様」
見れば翡翠はすっかりしょげ返り心配げに見やり、琥珀は・・・棒読みの台詞を言いながら冷笑を浮かべている。
「え、ええ大丈夫です・・・で、志貴翡翠さんだけど・・・」
「あ、ああ・・・ま、まあ翡翠は掃除関連を統括してもらえれば良いよな!」
「そ、そうだよな!!翡翠さんの整理関連の才は群を抜いているんだから、む・無理に料理を覚えなくても・・・」
恐怖の余りだろう、本人がいるにもかかわらず決定的な一言を発した。
それに即座に返答が返って来た。
「・・・それは私には料理をする資格はないということですか?」
冷え冷えと凍えた声に身をすくめて恐る恐る後ろを見ると・・・無感情の顔で二人を見やる翡翠が居合刀を構え、更にその隣には
「あはは〜志貴ちゃん、衛宮様・・・翡翠ちゃんを泣かせる人は誰であろうと容赦しませんよ〜」
仮面の笑みを完全にその顔にはめた琥珀が忍者刀を既に抜いていた。
どうやら二人の怒りに火を点けてしまった様だ。
「え・・・えっと・・・ふ、二人とも」
「ひ、翡翠さんも琥珀さんも落ち着きましょうよ・・・」
かなり情けない声で二人を宥める志貴と士郎。
気が付けば他の『五夫人』+二名は姿を消している。
「「いやです」」
無慈悲な返答に二人の視線が交差する。
「・・・」
志貴が意味ありげに視線を送る。
「・・・」
士郎も頷く。
ここは幾度も死線を潜り抜けただけはある。
「「三・・・二・・・一・・・ゴー!!」」
その声と共に二人は同時に逃走した。
「逃がしません!!」
「お二人とも〜逃げられると思ったら大間違いですよ〜」
その言葉と同時に『双正妻』も追跡を開始した。
結局志貴と士郎は翌日まで帰還することはなかった・・・無論追いかけていたと思われる『双正妻』も・・・
その後・・・士郎の不定期ながらも質の極めて高い料理教室で、アルクェイド達の料理の腕前はめきめきと上達した。
それに加えて台所に関しては新たな掟が設けられた。
曰く『単独、随行一切の関係なく翡翠の台所出入り厳禁、翡翠の調理も原則上禁止とする』
『以上を破りし者、罰則として翡翠の料理を食する事を義務とする』
と言う苛烈なものだった・・・